整形外科
整形外科では脊椎(頚椎、胸椎、腰椎)と四肢(上肢、下肢)を中心とした運動器(身体運動に関わる骨、筋肉、関節、神経など)の病気を対象に診療します。
近年は整形外科疾患の病態の研究が進み、新しい治療法(薬物療法、手術療法)が逐次導入され、治療成績も向上してきています。その治療法の進歩は市中病院整形外科での医療に取り入れられて、身近な医院での日常の診療も徐々に変化してきています。
当院では日常よく見られる身近な整形外科疾患に対して、基本に忠実な診察を行い、病状を説明し、納得していただける治療を行っています。病気の発生部位によって診察の仕方は異なりますが、診断の中心となる画像検査(レントゲン写真、MRI 、CT、超音波検査等)とともに、部位特有の診察、―例えば脊椎(首、背中、腰、臀部)疾患については、詳細な神経学的診察、関節疾患(肩、肘、手、股、膝、足関節等)では部位固有の可動域測定、徒手テスト、機能評価等―を丁寧に行い、診断レベルを高く保つことを心がけています。
当院には現在、手術室はありませんので手術治療は行っておりません。手術療法や専門的治療を行うことで効果が予想される疾患は、患者さんによく説明させていただき、インフォームドコンセント(説明された上での同意)を頂いた上で、専門病院に紹介させていただきます。
整形外科の病気の症状の中には運動器の病気とは無関係と思われやすい症状もあります。少しでもおかしいと思われる場合はご相談ください。整形外科が対象とする範囲は広く、お役に立てることは多いと思われます。
以下に当院の整形外科外来診療でよく見られる疾患について説明します。受診の参考になれば幸いです。
【1】頚椎疾患
(1)①頚椎症、②頚椎椎間板ヘルニア、③頚部神経根症、④頚部脊髄症
①頚椎症とは、頸椎(骨)や椎間板の変性(老化)によって頚部から肩甲部にかけての疼痛をきたすものを言い、②頚椎椎間板ヘルニアとは、頚椎椎間板の変性によって内容物(髄核など)が後方に突出、脱出して頚部痛や肩甲部痛などの臨床症状をきたしたものを言います。③頚部神経根症とは、①頚椎症による骨棘(骨の突起)や②頚椎椎間板ヘルニアのヘルニアよって頚椎脊柱管の中にある脊髄神経(神経根)が圧迫され、神経根症状(筋力低下、反射異常、知覚神経障害)を示すものを言います。④頚部脊髄症とは、頚椎症や椎間板ヘルニアよって頚椎脊柱管内にある脊髄(太い神経)が圧迫されて脊髄症(神経根症とは全く別物の神経症状)という神経症状を呈するものを言います。
これらの診断には神経学的診察が不可欠で筋力、反射、知覚の異常を検査し、神経根症や脊髄症の有無、程度を正確に診断することが大切です。神経学的に異常がみられる場合は速やかにMRで脊髄や神経根の圧迫状況を検査することが重要です。脊髄症や神経根症は、治療を早く開始することで治療後の神経障害の回復が良くなるからです。
また、神経根症や脊髄症を呈する場合は、腫瘍(原発性腫瘍、転移性腫瘍)などの生命にかかわる重大な疾患の可能性も念頭に置いて、画像診断、血液検査等を行うことになります。
診断が①、②や症状の軽い③の場合の治療は薬物療法、装具療法、リハビリなどの保存療法がおこなわれます。症状の強い③や④場合は手術療法が考慮され専門施設への紹介が必要になります。
(2)むち打ち症
交通事故等の外傷後に、画像上は明らかな骨関節構造に異常がなく、頚部、肩甲上部、上肢などに頑固な疼痛がみられる状態です。正式な診断名は、頚椎捻挫、頚部挫傷、頚椎椎間板ヘルニア・頚椎症性神経根症、脊髄損傷などであり、医師の診断を受けて確定します。頚椎の局所診察、神経学的検査やレントゲン撮影が行われますが、MRIなどの精査が必要な場合もあります。
【2】腰椎疾患
(1)腰部脊柱管狭窄症
「脊椎脊髄病用語辞典」(日本脊椎脊髄病学会)の中にこの疾患の定義があります。「脊柱管を構成する骨性要素や椎間板、靱帯性要素などによって腰部の脊柱管や椎間孔が狭小となり、馬尾あるいは神経根の絞扼性障害をきたして症状を発現したもの、中心型と外側型に分けられる。特有な症状として下肢のしびれと馬尾性跛行が出現する」とされています。つまりこの疾患の特徴は下肢症状を伴うことです。
腰痛の患者さんの腰椎をMR検査すると脊柱管狭窄状態がしばしば見受けられます。しかし、画像上、脊柱管狭窄状態が認められても、腰痛だけで下肢神経症状がなければ、腰部脊柱管狭窄症と診断することは厳密にいえば定義から外れます。
(2)腰椎椎間板ヘルニア
椎間板内容物(髄核など)の後方への突出や脱出(ヘルニア)が起こり、ヘルニアによる神経の直接圧迫や炎症性物質の影響で疼痛が生じる疾患で、腰痛や下肢神経症状が出現することが特徴です。下肢痛がなく、腰痛のみの椎間板ヘルニアもあります。ヘルニアは自然消退例があるため、保存療法が原則です。自然消退は多くが数か月以内に生じます。ただし下肢の神経障害が高度な例や直腸膀胱障害(排便・排尿障害)例は早期に手術が必要な場合があり、専門医に紹介することになります。
(3)腰痛症、慢性腰痛
2012年の「腰痛診療ガイドライン」では約85%の腰痛患者は原因がわからない非特異的腰痛であるとされていました。しかし、この記載は米国の総合診療医の情報を統合したものであり,その正確性や詳細は不明であるとされています。最新の「腰痛診療ガイドライン」(2019)では本邦の研究者から詳細な報告がなされ、腰痛の大半(約75%)は診断可能(椎間関節性、筋・筋膜性、椎間板性、狭窄症、椎間板ヘルニア、仙腸関節性疼痛)と報告されています。
治療に関しては、日本では薬物療法が中心で、非ステロイド性抗炎症薬、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、弱オピオイドなどがよく使用されます。
一方、米国の腰痛ガイドラインである「急性、亜急性および慢性腰痛に対する非侵襲的治療法」では、慢性腰痛に対しては薬物療法以外の運動療法などの治療が第一選択で、運動療法・リハビリ、針治療、認知行動療法などが推奨されています。これらが無効の場合、①非ステロイド性抗炎症剤、②抗うつ剤などが使用されます。
運動療法に関しては、最近の研究で、筋肉が内分泌器官として働き、多種多様(IL-6やSPARCなど)なマイオカインと呼ばれるサイトカイン(生理活性物質)を放出し、免疫系等に影響を及ぼしていることが明らかになっています。マイオカインは抗腫瘍効果や動脈硬化や糖尿病にも良い影響が報告されています。
治療指針は日米で若干異なりますが、腰痛を治療する上において薬物療法で疼痛緩和を行うことは基本戦略として大切と考えます。ただ米国の推奨治療は、筋肉が内分泌器官として働くことを考えると、示唆に富む提示だと思われます。
【3】上肢疾患
(1)①凍結肩、②肩腱板損傷、
外来患者さんの肩疾患はそのほとんどが凍結肩と腱板損傷です。
①凍結肩:肩腱板損傷や石灰化腱炎(肩腱板に石灰が沈着して起こる炎症)等の病態が明らかな肩疾患を除いた疾患名です。つまり肩関節痛と肩関節の可動域制限がみられる原因のよくわからない肩の病気の総称(症候群)です。
疼痛と肩関節の動きの制限で受診されることが多いです。凍結肩の文字通り、疼痛が進行していくとともに肩関節拘縮が進行し、肩の動きがあらゆる方向で制限されていきます。ただ拘縮が進行するときには幸いなことに疼痛は軽減していきます。この病気は治るまで時間がかかりますが(1~数年)多くの人が軽快していく疾患です。そして一旦治癒すると再発することは極めて稀と言われています。
治療には非ステロイド消炎鎮痛剤、ヒアルロン酸や局麻剤の関節内注入を行います。疼痛が軽減し、可動域制限が中心の肩関節拘縮期に移行したらリハビリを行うことになります。
②肩腱板損傷:肩腱板とは肩関節表面で互いに近くにある4個の腱(筋肉)が合わさりあって薄い板状になり、肩関節の表面を覆っている腱(筋肉)の集合体です。ちなみに筋肉の両端は骨に固着し、骨を動かしていますが、骨に固着する前に腱と呼ばれる固い線維性構造物に変化し、固い腱になってから骨に固着します。肩腱板は4個の筋肉が上腕骨に固着する直前の腱に相当します。
腱板損傷の原因は老化に伴う腱の変性、劣化、繰り返す圧迫力、外傷などさまざまです。症状は疼痛が最も多く、夜間痛が頻発します。そして断裂腱に相当する筋の筋力低下がみられます。4つの腱が全て断裂するのではありません。断裂腱と連続する筋肉は臨床徒手検査を行うとある程度推測できます。MR画像検査を行うと腱断裂部を明瞭に描出可能です。
治療は保存的治療が優先されます。非ステロイド性抗炎症剤内服、ヒアルロン酸やステロイドの肩峰下滑液包注入、関節注入などを行い、局所の状態を評価しながら、リハビリ、温熱療法などを追加していきます。ただ、これらの保存療法を行っても腱板断裂部が癒合し治癒することはありません。しかし、不思議なことに断裂部が癒合しないにもかかわらず、患者さんの疼痛や肩の動きなどの臨床症状が改善し、日常生活に支障がなくなることが多いことも事実です。もちろん、保存療法で全例の疼痛や関節可動域が改善するわけではなく、症状が残存する場合は手術療法が選択される可能性があり、専門施設に紹介することもあります。
(2)橈骨遠位端骨折
骨粗鬆症患者さんに合併することが多い三大骨折の一つで、脊椎圧迫骨折、大腿骨近位部骨折に次いで多い骨折です。この橈骨遠位端(前腕の二本の骨のうち、親指側の骨で手に近い部位)骨折の中で大部分を占める背側転位型は保存療法(ギプス固定)で治療可能です。治療中の外来ではレントゲン写真で確認しながら経過観察を行います。もしギプス固定中に骨折のズレが大きくなるようなら手術療法となることもあります。背側転位が強く、骨折部の短縮が大きい場合や関節面に及ぶ粉砕骨折などの不安定型骨折はギプス固定ではズレが大きくなりやすいため、初めから手術療法を選択することが多くなります。
【4】下肢疾患
(1)変形性膝関節症
明らかに性差がみられる疾患で女性に多く見られます。高齢女性の膝の内側に、歩行開始時や立ち上がり時に疼痛が出現し、始まります。
老化に伴い、膝の関節軟骨が徐々に破壊され、立位(体重をかけて)でレントゲン写真を撮ると膝関節裂隙(大腿骨と脛骨の間の隙間)が狭くなっているのがわかります。そして、膝関節腔の内側全体を内張している滑膜の炎症によって疼痛が増強されていきます。さらに進むと軟骨のすぐ下にある骨に変形が出現します。膝痛には骨由来の痛みも関係しており、生体力学的な異常(歩行の仕方の変化などで膝関節に加わる圧力の変化)で骨内の知覚神経が刺激されて痛みが起こることもあるとされています。
治療は、薬物療法として非ステロイド抗炎症薬がよく用いられ、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)なども有効です。疼痛が強い場合は弱オピオイドが使用されることもあります。関節注射も有効で、関節液の成分でもあるヒアルロン酸がよく用いられます。この注射薬は関節液の主成分でもあり、効果はマイルドですが、副作用が少なく、効果が長続きする点が特徴です。炎症が強い場合、短期間のステロイドも使用されますが、感染の危険性があり、コントロール不良の糖尿病の患者様には使用困難です。
運動療法としてスクワットなどで大腿四頭筋を鍛えることは非常に重要で、有効です。寝た状態や立位状態でも実施可能な大腿四頭筋セッティングも手軽で有効です。中高年の運動に関心がある患者さんの中には運動療法だけで疼痛が消失し、薬物療法が不要になる患者さんもおられます。しかし、高齢の患者さんで治療に対する動機付けが弱いと継続が困難です。貼付剤も有効ですが、指定された枚数以上貼ると内服剤と薬効が重複することもあり、注意が必要です。
保存療法をおこなっても疼痛のコントロールが難しくなり、歩行障害が強くなると、高齢者の場合は人工膝関節置換術などの手術療法が適応となり、専門施設に紹介しています。
(2)足関節捻挫
足関節内反(内返し)捻挫が多くみられます。足関節外側部には3つの靱帯がありますが、多くの場合、最も前方にある前距腓靭帯の損傷です。3靱帯の完全断裂はめったにありません。受傷直後はRest (安静)、Ice (冷却)、Compression (圧迫)、Elevation(挙上)の頭文字をとったRICE療法が有効です。診断は関節の不安定性を徒手テストやストレスレントゲン写真で行いますが、関節の緩さは個人差があり、左右を比較しながら行います。捻挫の程度は一般的に3段階に分けて、1度は靱帯のゆるみ、微小損傷、2度は靱帯の部分断裂、3度は靱帯完全断裂です。1度はサポーターやシーネ固定、2度はシーネ固定やギプス固定での局所安静を数週間つづけ、3度はギプス固定もしくは靱帯再建術が必要となります。損傷範囲と程度を勘案しながら、装具療法への移行、歩行開始時期、運動開始時期などを判断していきます。
【5】代謝性骨疾患
(1)骨粗鬆症
当院では測定精度が高い、世界基準の骨密度測定器DXAを2019年に導入しました。腰椎と大腿骨頚部の骨密度を測定し、骨粗鬆症の診断を行っています。DXAでの検査時間は数分程度であり、患者さんの負担は少なく抑えられています。
骨粗鬆症と診断された患者さんにはビスフォスフォネート製剤(アレンドロ酸、イバンドロ酸、ミノドロン酸、リセドロン酸など)や選択的エストロゲン受容体モデュレーター(SERM)等による治療を開始します。ビスフォスフォネート製剤に活性化ビタミンD製剤を併用することも多くなっています。また半年に1回の注射で済む抗RANKL抗体も治療薬選択の幅を広げています。薬剤変更は適切に行わないと骨粗鬆症が進行し骨折をおこすこともあります。
高度の骨粗鬆症患者さんの場合は、副甲状腺ホルモン製剤、抗スクレロスチン抗体(ロモソズマブ)等の投与が治療選択肢となります。それぞれの薬剤に異なる特徴と注意点があり、投与前の検査値を参考にして、慎重に、適切に選択しています。また副甲状腺ホルモン剤と抗スクレロスチン抗体(ロモソズマブ)には投与期間の制限があり、一定期間投与後に薬剤の切り替えが必要です。
(2)骨粗鬆症に伴う骨折
脊椎圧迫骨折、大腿骨近位部骨折、橈骨遠位端骨折がベストスリーです。
脊椎圧迫骨折は骨粗鬆症患者に起こることがほとんどであり、治療は軟性コルセットで外固定し、前屈位制限が必要です。また骨癒合が認められるまでの臥床には若干の工夫が必要です。高度の圧迫の場合はまれに手術が必要になることもあります。診断にあたっては転移性骨腫瘍や病的骨折を否定することが重要になってきます。
大腿骨近位部骨折も骨粗鬆症がある患者さんに多くみられます。治療は多くの場合手術となります。股関節の関節内骨折の場合の手術は人工骨頭置換術となる場合がほとんどですが、関節外骨折の場合は骨接合術が考慮されます。内科的合併症がなければ手術成績は安定しております。
骨密度測定検査
骨密度測定装置(DEXA) ALPHYS LF (アルフィス) の導入
当院では最新型X線骨密度測定装置(DEXA)を導入し、大腿骨や腰椎での測定を5分程度で行うことが出来ます。
骨密度とは骨に含まれるカルシウムなどのミネラル成分の量を測定する検査で、骨粗しょう症の診断に役立ちます。